誘惑
「あのひとの魅力に囚われてしまった。」
そんな経験をだれしも一度はしたことがあるかと思います。
ヒトは誘惑に弱い。
自分が持っていないものにあこがれて
欲望が湧いて、誘惑される。
不足感のピースが誘惑のパズルにはまってしまう。
誘惑するヒト、誘惑されるヒト
その二者が出逢ったらそこに関係が生まれる。
恋人だったり
なんちゃら協会だったり
先生と生徒だったり
宗教だったり。
そしてそこに生まれる関係性は、
「絆」としてとらえられたり
「洗脳」としてとらえられたり
「奉仕」としてとらえられたり
「搾取」としてとらえられたり
さまざまな関係性が生まれます。
最初は魅力を感じてどこかに属して
なにがしか得るものがあると感じて
そこの色に染まり切る。
そのうちに、
そこに属していないと自分はなにも出来ないような
苦しげムードにじわじわと浸食されていく、こともある。
○○の講座を受けなければその団体に属し続けることは出来ないよと言われ、
本当は受けたくもない講座にお金を払って受講する。
それはもう搾取し、搾取されるだけの関係性。
そこに属することはもう害悪でしかない。
みずから「コレ」やりたい!!
って意欲と情熱を持って取り組んでいるのならばそれは有益な関係。
すてきな絆。
モヤモヤ〜と「いやだな〜、でも受けなきゃいけないんだよね~」
という選択をするのは、自らの可能性をつぶし続けること。
その関係はむりやり鎖でつながれているのではなくて
首に巻かれた鎖は自分自身が巻き付けたものだから
ほどくのも自由なのに、忘れている。
家族や仲間、師弟関係の絆。愛の絆。
奴隷のような家畜のような、自分で考えなくてもいいという安心感と安定感。
どちらもその本質は誘惑らしい。
